|
|
|
| |
原作の背景
1982年に発行された韓国マンガ系の巨将、李賢世作の「恐怖の外人球団」、これは 1980年代・韓国大衆文化の象徴的アイコンであった。1986年に映画化され上映され、40万名動因の興行(当時ランク1位)であった。 「ストライク・ラブ」ストリーは80年代原作発行から26年ぶり、映画化から22年ぶりで2009年復活ドラマとして再現した。 |
| |
|
| |
|
| |
なぜ外人球団でなければならないのか。
このドラマの原作の漫画、イ・ヒョンセの「恐怖の外人球団」は、1983年にマンガとして出版され、その時代の韓国では漫画は子供たちの専有物という世間の常識を覆し、センセーションに彗星のように登場した歴史的な作品である。
「カチ」という劇中の主人公のニックネームが、NOワンのブランドになる程、「カチ」(オ・ヘソン)シンドロームが起こり、その当時の韓国の男性達が、夢見るロマンには、常にヒロインのオムジの名前が出てきていた。 劇中のオ・へソンと対立する、マ・ドンタクという人物は、韓国人の名字の中で「馬」氏のすべての家が一番誇らしく思っている人物である、と言ったギャグ番組が大ヒットしたほど、当時その人気は想像を超えるほど凄かった。その後、1986年Lee Jang Ho監督の「外人球団」というタイトルで映画化され、当時40万人という膨大な観客を動員し、興行成績1位を記録した。
その後80年代後半に、素材の選択が難しいと言われ、苦しんでいた韓国のマンガ原作での映画化ブームを巻き起こした、きっかけとなった大ヒット作でもある。
多くの人々が「恐怖の外人球団」で、これほど熱狂した理由は何だろう? おそらく、社会から捨てられて、様々な事が原因で差別を受け、社会的に失敗した人達で、チームを編成した外人球団の選手達と、自分の人生の姿を投影させて、見ていたからではないだろうか?!
やろうとすれば、なんでも自分のものにすることができる超エリートのマ・ドンタク、それと対照的に、失敗した人生だと見られる敗者的存在のオ・へソン、社会の末端を転戦しながら、社会の主流として扱われないアウトサイダー達の「恨」と「なせば成る」の成功神話を示すことにより、上流社会に入れない、一般大衆の気持にスカっとしたカタルシスを与えたのだと確信している。
人類の歴史上、最も普遍的でありながらも、高貴な価値、「愛」!
主流社会の代表といわれるマ・ドンタクに屈服せず非主流の代表として、正面挑戦したオ・へソンの堂々とした純粋な愛、どんな資本主義の理論または哲学的な理論でも説明できないし理解できない、絶対的な価値、「愛の力」・・・ その「愛の力」で再び私達の心を温かくしてくれるであろうと期待する。
|
| |
|
| |
「STRIKE LOVE」の原作「恐怖の外人球団」とは...
① 韓国最初の「成人読者も、漫画を見る時代」を開化させ、韓国の大衆漫画の全盛時代の基盤作りになった伝説的な漫画で、1980年代の韓国大衆文化を象徴するシンボルといえる作品である。
② 画期的なストーリーで、観客の爆発的な人気を得た「恐怖の外人球団」は、韓国の漫画としては初めて「Lee Jang Hoの外人球団」といったタイトルで実写映画として製作された。 当時の最高興行であった、40万人という膨大な観客数を記録した作品でもある。 
③ 漫画の中の切ないラブ・ストーリーとテーマ曲は、ジョン・スラという歌手の「僕は君のために」という曲名として作られて画とともに大ヒットを記録し、韓国OST史上最高と言われる反響を受けた。 現在もリメイク、CF、様々な公演などでよく利用されながら、多くの人から愛され続けている曲である。
④ 漫画「恐怖の外人球団」の大ヒットで「李賢世(イ・ヒュンセ)作家もスポットライトを浴び有名人になった。CFモデルとしても活躍しながら、各種媒体の解説者やリポーターとして活躍、既存の映画、TVスターに劣らない人気を今も誇っている。 2009年7月に「韓国漫画・映像振興院」の理事長に就任した。
|
| |
|
|
|